難民だった人の活躍するアメリカで、シリア難民を思う

アメリカで生活していると、難民としてアメリカに来た人々に日常的に出会います。アメリカで難民認定される人は、年間2万ー4万人ほどいます。多くの人がアメリカに定住することを選択するので、のべでは、数10-数100万人の元難民がアメリカにいることになります。

私の大好きな友人の一人は、子供の頃にベトナム戦争時に難民としてアメリカに来ました。その後、持ち前の努力とチャーミングさでエンターテインメント業界で大成功。「アメリカンアイドル」というアメリカの象徴とも言える超人気番組のプロデューサーにまで上りつめました。現在はブランディングの会社で、数多くの有名ブランドを担当しています。先日の「シリア難民が乗った船が難破、子供が溺死」というニュースに対し、「運がちょっと悪かったら、僕も生きてアメリカに来ることはできなかっただろうな」とつぶやいていました。

また、コロンビア出身の50代の友人は、18歳の誕生日の前日に、母親に「明日になると徴兵されて死んでしまうかもしれないから」とアメリカ行きのチケットを渡されます。コロンビア内戦の時代です。着の身着のままでアメリカまで到着した彼は、親戚の親戚を頼ります。「新聞を売って来い、たくさん売れたら家に泊まらせてやる」と言われ、宿を得るため毎日必死で新聞を売っていたそうです。その後、努力に努力を重ね名門校UCLAに進学し、医者になり、40代でビルの1フロア全部を占める大きな病院を作りました。

ウーバーなどの車に乗っていて、難民だった運転手に出会うこともあります。今日のウーバーの運転手は、まさに今大変な状況になっているシリアからの難民でした。2年前にシリアからアメリカに到着した際は、英語が全く話せませんでしたが、独学で語学を習得し、米国に一生住もうと永住権を獲得しました(米国は永住権を取るのが非常に難しい国のひとつですが、難民には人道的観点から永住権が簡単に認められます)。彼は、「安全な場所でご飯が食べられてぐっすり寝られる、それだけで本当に幸せだ。アメリカには感謝してもしきれない」といっていました。

彼らが口を揃えていうこと、それは「アメリカに来る前の恐怖を忘れたことがない。そして、アメリカに来て命の危険がないと思えるようになったときの安堵感も忘れたことがない。」ということです。極限状況を体験したタフな人々の多くは、そこから這い上がるために努力を重ねます。それがアメリカが世界一の大国として繁栄している理由のひとつであり、底力なのではないでしょうか。

現在、シリアの状況は悪化の一途を辿るばかりで、ヨーロッパには大量の難民が押し寄せ、各国は数万人単位での難民受け入れを表明しています。しかし、日本をひるがえって見ると、シリアから日本に来て難民申請をしたのは60人、うち申請が認められたのはたった3人という状況です。難民の受け入れは、地域社会の受け皿をどう作るか、難民の生活基盤をどう確立するか、など、難しい問題をはらんでいるのは分かります。それでも、難民だった人が活躍するアメリカを見るに付け、日本ももっと国際社会の一員として出来ることがあるのでは、と思います。グーグル・アップル・アマゾン・IBM・テスラなど、アメリカを代表する(あるいは世界を代表する)企業を作ったのは、アメリカへの移民1世・2世です。移民にはそれだけのパワーがあります。移民や難民の受け入れは、人道的であるだけでなく、日本の発展にもつながりうると思うのです。

(Credit: Fabio Penna)

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